15歳の孫と行くシンガポール

初孫のRが今日公立高校の入学試験だった。数学がとりわけ難しいランクの高校を選んだのも、やはり高校生活でラグビーをしたいという一念からのようだ。

結果が出るまでのこの週に、すでに昨年夏にフライト・チケットを購入していたシンガポール旅行をすることになった。ビルの屋上にあるプールで泳ぎたいことと、アジア一のエスニック・メルティング・ポットを観光するのは、15歳の少年にとっては格好の場所かもしれないと考えたからだ。

英語力にも自信がある!?ということなので、短い期間ではあるが、いろいろな体験をさせたいと楽しみにしている。ツアーによく入っている有名スポットは極力避けて、様々な人種が生きる活力を、街歩きの中から感じとってほしい。そして英語にもさまざまな英語があることもにも驚くはずだ。

まずは空港でシンガポール・ドルに換えて、彼に経理担当をさせたいと思っている。身長も180センチ近くになり、高校に入学するとハードな部活と、3年後の大学入試もあっという間にせまってくるはず。のんきに祖母と行く海外旅行はもうめったいないはずだ。なにより私の方が、楽しい想い出を作りたいとウキウキしている。

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玉三郎さんの「阿古屋」

もしかして玉三郎さんの「阿古屋」は見納めかと、春浅い京都・南座へ。

「阿古屋」とは、享保17年に大坂竹本座で人形浄瑠璃として初演され、歌舞伎の演目となった「壇浦兜軍記」の中の、白洲での詮議の場面『阿古屋』のみを抜粋したものです。平家の武将・平景清の愛人である遊女阿古屋の役は、舞台での立ち姿はなく、座したまま、琴、三味線、胡弓の演奏をするという格別な技量を必要とし、二十年以上の間玉三郎さんが一人で演じてきた難攻不落の女形の役どころです。昨今なんとか継承する役者を輩出。玉三郎さんの熟練された演奏と、十八番である傾城の艶をしっかりと見納めてきました。

20近く前に、今は亡き十八代目中村勘三郎さんを相手に【籠釣瓶花街酔醒」の中で演じられた遊女・兵庫屋八ッ橋の、あまりにもの艶やかさが目に焼き付いて離れない私ですが、今回65歳になられた玉三郎さんの「阿古屋」もさることながら、昨年新作舞踊として初演されたという「傾城雪吉原」の幽玄な美しさは、最早この世のものとは思えませんでした。

中学生のころから南座へ連れて行っていた長女は、長じて近世文学者となり、歌舞伎を講じることになりました。

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”嘘つきは戦争の始まり。”

宝島社が発信した新聞見開きの全面広告。名コピーだと感じた。

近年、とりわけ世界の指導者たちは誰も彼もが姑息で、その実は本質的な弱さを見せつけている。

子供に「嘘をついてはいけない」と強く教育する親たちもいなくなったのだろうか!?まず第一にどこまでが本当で、どこからが嘘なのかがこんなにもあいまいな時代はない。一体嘘のセオリーはどんなふうに成立しているのだろうか!?と首をかしげたくなる。嘘という一文字の背景には、とてつもない情報や価値観や、ルール違反や法律違反や護身などなど、有形無形の人間の弱さが内在している。

未解決事件簿ではないが、地球規模の嘘の中で暮らしているのかもしれない我々ではあるが、個人の矜持を保つ生き方は、しかしさほど難しくはない。それはただひたすらに自分をごまかさないで、信じて生きることではないのかと思える。

例えば、ごみの仕分はきちんとする。手紙にはきちんと返信をする。決められた期限は守る。他人に迷惑をかけない。一言で言えば義務の履行。そして正当な権利の主張である。こんなシンプルな生き方で、少なくとも身辺の嘘からは遠ざかることができる。

新しい年号の時代が到来する暁には、まずは政治家にそれらをきちんと実行してほしいものだ。

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やってきたのは小学1年生

平成最後の大掃除にやってきたのは小学校1年生の二男坊!受験を控えた兄貴の代理でやってきました。とはいってもガラス拭きやバスタブの掃除はどうも二度手間の予感。そこで、廊下と洗面スペースの床拭きを依頼しました。雑巾を絞る時から立ち合って、絞り具合をチエックしてからGoサイン!その後、近くのスーパーに同行してもらい、トイレットペーパーなどの嵩張るけれど軽いものを持ってもらいました。アルバイト料は500円。お年玉の前にゲットできた500円玉を大切にリュックに入れて帰りました。

次女の二男である彼は兄とは8歳差があります。ほぼ何でもこなす兄とは異なり、とにかくヤンチャで、じっとしているのが苦手なタイプ。その割にはラグビーの腕前は兄には遥かに及びません。得意科目は体育ではなく図工だそうです。しかも図工の時間に作るアイテムはすべて3歳の従兄弟へのプレゼントばかり。12月は赤と緑のボンボンが付いた白い毛糸のマフラーとクリスマスリースを制作して手渡していました。なかなか見事な出来栄えです。私にもパールの指輪をプレゼントしてくれました。ナイーヴで優しい男の子です。我が家に来る時は母親に買ってもらったマーブル・チョコレートの箱を決まって差し出します。その中には、いつもオレンジ色のチョコだけが残されているのです。私がオレンジ色が好きだと言ったことを、ずっと覚えているのです!

確かに小さな頃から手先が器用で、レゴが大好き。適応年齢の5歳くらい上の難度のものを、誰の手助けも得ないで仕上げます。その時の集中力を学習にも活かしてくれたらうれしいのですが!?将来の夢はレゴのデザイナーかも知れません。15歳、7歳、3歳の孫はすべて男の子。すでに個性が一人一人あまりにも異なりますが、将来が楽しみです。

いよいよ平成最後の年が暮れようとしている。今年の後半は夫の体調がよくなく、通院の多い年だった。それでもなんとか、玄関のクリスマス・インテリアをお正月仕様に取り換えたり、迎春の集いのレシピも完成。今日は野菜やかまぼこの買い出しに!年用意に余念がありません。

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感性とは!?

広辞苑で紐解いてみると、「外界の刺激に応じて感覚・知覚を生じる感覚器官の感受性」とある。「感受性豊か」と言われることはあるだろうか。

中学三年生の孫がいる。彼の大学入試は大改革の2年目に当たる。それまでのマークシート方式が大幅に改良され、記述式が導入されることになった。思考力、判断力に加えて表現する力がないと突破できない。大学で文学を指導する長女たちにとっては、とりわけ国語の試験への対応は前代未聞の採点苦を余儀なくさせられるはずだ。

孫は現状の成績を見る限りは、理系に強い、国語は苦手科目と言っている。祖父母としては彼に幼い時から情操教育の手助けをしてきた。毎週図書館に通い、多くの書物に触れさせてきたとゆうのにだ。こと感性に関してはどうなのか!?ラグビーに明け暮れて、思春期真っ只中の彼とのコミュニケーションはこのところ十分とはいえないので、計り知れないでいる。

人間にとって感性・感受性はたとえば、本や映画を楽しむ上には不可欠だ。高齢になり閑な時間が増えるほどに、自分自身をたのしむことができる。ますます映画をみる機会が増える中で、最近は英語圏の作品だけではなく、イスラムや韓国や中国、インド映画の中にも面白いものを発見している。それらの文化の背景やルールには想像を絶するものが多いが、中心を貫いている人間としての感性はほぼ似通っているのだ。そうすると言葉の違いがあんまり気にならなくなるから不思議だ。

ただその世界は映像で見ているだけなので、リアリティはない。なぜならその中に出てくるすべての料理を食べることができるかと問われれば、私にはちょっと自信がない。食べることと、感受性はどこで線が切れるのかが、未だ不明。少なくとも感受性の中には、頭で理解する知性の部分も含まれていて、食べるという行為は圧倒的な本能なのだろう。となると、地球はひとつと言える日は結構遠いのかも知れない。

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そして、マルさんにお会いするなんて!

週末にライターの先輩の3回忌法要と納骨式に参列した。彼女は10代の頃、愛称マルさんこと、那智わたるさんの大ファンで、その頃のお仲間とのお付き合いは亡くなられるまで続いていた。その法要には、なんと那智わたるさんが来られていたのだ。

歌劇のトップクラスのファンというのは、スターがその座を去られた後も、生涯のお付き合いをされることはよく聞く話だ。私は切れ者の編集者、能力に溢れたライターとしての彼女と人生の一時期を共に過ごしたが、そこに集う歌劇のお仲間たちは、ゆうに半世紀以上に亘る友情の輪であることを目の当たりにした。

世代はあまり変わらないこともあり、那智わたるさんは実は私にとっても、高校生の頃の憧れのトップスターだった。そんなマルさんと、高齢になってお会いし、言葉を交わすことになるなんて、人生とは不思議なものだと思った。

雨模様の日よりだったが、屋外での納骨式の間は小雨も降らなかった。

亡くなられるまで現役であったこと、10代の頃からいつも人々の中心にいて、華やかだったこと、車が好きで、車にまつわるとんでもないアクシデントが多いことなどが、精進揚げのお席で話題になり、私にもそれらのいくつかを共有するエピソードが次々と思い起こされ、10年以上もお会いすることのないまま永久の別れになったことに、胸が熱くなるのを止められなかった。

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二人のケイト

100%失望することのない女優にメリル・ストリープがいる。どんな役も見事に演じる当代一の名優だと思う。そこに最近新たに二人の女優を入れたい。一人はケイト・ブランシェット。そしてもう一人はケイト・ウィンスレットだ。

ケイト・ブランシエットは今やカンヌ映画祭の審査員を務めるほどの重鎮だ。彼女が演じた「エリザベス一世」は圧巻だった。それだけではない。現代女性を演じた作品の、どれもこれも印象的だ。少しどすの利いた低音の声と、陰影のある眼差し、見事に変化する表情は、サスペンスフルでいてセクシーで、観る者を惹き込まずにはいられない。

片や「タイタニック」で一躍その名を知られるようになったのがケイト・ウィンスレット。最近ではウディ・アレンの最新作「男と女の観覧車」を観た。私が彼女の演技で忘れられないのは、なんといっても「The Reader」。邦題は「愛を読む人」。この映画は彼女の存在感なしでは語ることのできない秀作だと感じている。ナチス時代のドイツで生きる、文盲の女性と20歳程も歳の離れた少年との、ひと時の情愛を描いたものだが、それはストーリーの始まりに過ぎない。第二次世界大戦後に二人はナチスの戦犯と、法科の学生として法廷で壮絶な再会をすることになる。

生涯を振り返ってみると、一体どれだけの作品を観たのだろうか!?一時はお勧め映画リストなどを作って、映画好きな人に出会うと手渡したりしたものだ。しかしそれらはいまや、すべてが淘汰されて、青く光る隕石の塊のようになり、ひとつひとつを思い出すこともあまりない。古今東西いい映画は枚挙に暇がないからだ。

最近では映画を観ても秀逸!と太鼓判が押せる作品も少なくなってきた。年を重ねて、感受性が鈍ったのか、作品の洪水の中で感動する映画に出会う機会がなかなかない。賞レースを勝ち抜いた作品でさえ、大抵が観終わった後に、いまいち感が残る。

そして、男優よりも女優のほうに、名優が多いと感じる昨今でもある。

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パトリシア・ハイスミス

いま生存していれば100歳くらいだろうか!?アメリカの女流作家だ。あのアラン・ドロンが演じた「太陽がいっぱい」の原作者といえば、そうなんだ!と思う人もいるにちがいない。

この作家の作品を教えてくれた先輩がいた。現役時代は飛ぶ鳥を落とす勢いのあるライターだった。彼女と出会ったのは30代の初めの頃だった。様々な新聞の企画やコマーシャルのプランニングを共にしたが、子育て真っ只中でもあった私は、スペインやジャマイカでヴァカンスを過ごす彼女とその仲間たちの、独身貴族ならではの豪勢な遊びかたを、眩しく眺めていた。

阪神大震災のあとくらいから、いつの間にか縁が遠のき、この数年無性に懐かしく思い出されることが多くなっていた。そんな矢先に共通の友人から、既に2年前に急逝されていたことが知らされたのだ。

なぜ、旧交を温める機会がなかったのか、訃報に胸が締め付けられた。そして書架から古びた文庫本を探し当てた。パトリシア・ハイスミスの作品だ。数冊を一気に読んだ。行間から彼女との語らいの破片が幾重にも零れ落ち、過ぎ去った時間の密度が一気に蘇った。

9月に3回忌の法要が営まれるという。当時のライター仲間が数十年ぶりに集まりそうだ。最近、人生の大きな時間の流れが、扇子のように折りたたまれていくのを感じている。

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暑気払い

連日熱中症の事故が報道される。エアコンを使用していない高齢者や、炎天下での行動を控えない若者たち、そして背丈が低くアスファルトの熱を吸収しやすい幼子たちだ。

エアコンを嫌う夫の寝室を、夜中に何度も覗かざるを得ないわが身も危うくなってきたため、懇願して夫をエアコンの利いた和室に移動してもらった。

お互いに極力昼間も外出を控えているため、かつてない暑い夏を過ごしている。そんな三度の食事に、すべてガラス食器を使うことにした。メイン食材用のプレートも、冷奴皿も、サラダボールも、蕎麦チョコも、そして小皿も、ほぼなにもかもだ。さすがに飯茶碗とお味噌汁碗はガラスの器がない。それでも食卓にガラス器を用いると、清涼感が確実に増す。ランチョンマットも夏用の素材にし、色もオレンジからグレーに変えた。

そのことによる不具合は、最近夕食の後片付けを率先してしてくれていた夫に、そのお役を御免こうむっていることだ。ガラス食器は雑に扱うとすぐに壊れてしまう。お気に入りの金魚の絵のついた、2対のそれはそれは華奢なガラスのボールが1個ひびが入ってしまった!同じものはどこにもみつからない。オクラや山の芋、ホーレンソウのお浸しなどなど、一番出番が多いものだった。

仕方なくサイズを合わせて、少し武骨なガラスボールを1個購入した。温冷両用の小ぶりなお茶用のコップも1個割れてしまった。来客用のロングコップはいまいち間尺に合わないので、セール中のガラスコップを1個増やした。

早く夕食の後片付けから、少しだけ扱いが面倒なガラス食器からも解放されたいものだ。

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極暑への爪痕

西日本全土を襲い尽くした豪雨。その爪痕に照り付ける真夏の太陽。こんな残酷なことが天の配剤なら許されるのだろうか!?

とりわけ広島県はまたもや酷いダメージを受けた。家族を失った人も、家屋を流された人も、取り残された泥水をそれでも整備することでしか何も始まらない。

地震の時もそうだった。いつも人は生きるためには、その場所から一歩ずつ歩みだすしか術がないのだ。このような激しい天災の後、あきらかに人生観が移ろう。

一夜明けて、七夕の笹に吊るした短冊には、災害の間休校が続いた3人の孫たちが、この1年間を無事に過ごしてほしいとのみ記した。

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