中国入りは上海からです。関西空港からならあっという間(2時間半くらい)に上海浦東空港に着きます。空港からは時速431KMを誇る上海トランスラビッドで街中へ。
まずは滞在先の弟のアパートメントに荷を解きました。このアパートメントは外国人専用のオール家具つきホテル式住居です。玄関にはコンシエルジュが24時間待機し、週3回メイドさんが訪れて、部屋の掃除やベッドメーキング、ミネラルウオーターのタンクの取替えなど、生活の基盤はすべてまかなってくれるそうです。
日本をはじめ諸外国から上海へ仕事で赴任しているビジネスマンは比較的単身赴任者が多いため、いま上海にはこのような豪華なアパートメント群が建つ一角が数ヶ所あります。住居面積は平均で150平方メートル。2寝室・2バスルームに広々としたリビングとキッチンです。インテリアも個性を競い合うかのように家具から壁面を飾る絵や照明器具、クッションまでがデザイン的にコーディネートされています。最も羨ましいと感じたのは居住者専用の設備。ライブラリー、フィットネス、プール、ビリヤード、カフェ&バー、そして理美容室です。これらはすべて住居費にインクルードされているのだとか。せいぜい赴任中はお楽しみください!とはまず弟に。
さて上海の街に繰り出して驚いたことは人の多さ。ちょうど10月の1週間は中国のゴールデェン・ウィークということもあってか、めぼしい観光スポットは人人の群れ。結婚式風景もよく目に付きました。ドラゴンの音高々とパーフォーマンスをする中国風や教会での欧州風など様々ですが、花嫁花婿の乗るリムジンには花々が散らされていて華やかです。
そんな雑踏の中を、車間距離はとらない、車線変更大好きな的士(タクシー)ドライバーの超ハイレベル?な運転に目を回しそうでした。彼らにはほぼ英語は通じないと思ったほうが無難です。行きたい場所の住所と名前を漢字で書いて見せること。地図で示すのもよいかもしれませんが、なかなかきめ細かいやりとりは困難です。
そしてもうひとつは空気が悪いこと。ある日の午前中、日本の森ビルが9月にオープンした高層ビルをショットに納めようと出かけたものの、ほとんどビルと同じグレー色に染まった大気に、展望台まで上るのを諦めました。気管支の弱い私は覿面に喉をやられてしまったのです。
そしてこのことを書くことは迷いましたが、観光地では五体に障害のある人がいざりながら物乞いをしていることです。若い人が多いのも不思議でした。社会主義国家なのに何故!?どんな風にして彼らは繁華街まで来ることが可能なのか!?超高層ビルが乱舞する中、胸を締め付けられる光景でした。
上海でのショッピングはなんといってもスリリングです。なぜなら値段があってないも同然だから。皆が行く「豫園」界隈の、いかにもまけてくれそうなスーベニールショップで購入した化粧ポーチが、最近のトレンドエリアの田子坊にある瀟洒なブティックではもっと安く手に入ったからです。普通は逆だろうにというのがこの街の意外なところなのです。欲しいものがあればあわてないで、十分にウインドーショッピングしてからをおすすめします。
蘇州へ行きたかったのですが日程に余裕がなかったため、上海から日帰りできる水郷の町「朱家角」へ行きました。バスで片道1時間ほどで到着。日本の柳川のような、想像力を逞しくすればベニスのようでもあり、楽しい一日を過ごしました。
熱いお茶ポット付きのテーブルを貸してくれるカフェのデッキチェアに腰を下ろし、川べりを縫うゴンドラ風&屋形船風の観光ボートを眺めながら、テイクアウトのチマキでのランチタイムはのどかで旅情溢れるひとときでした。
上海の街に戻って、夜のスケジュールはオールド・ジャズを聴くこと。大好きな舞台「上海バンスキング」を期待した私のこのプランには最初から反論していた弟。理由を聞くと「全く盛り上がらない演奏で、客はいないよ!」とのこと。楽しみにしてきた私は、しかしそれで引き下がることはできません。父たちが青島や上海でジャズを愛し、その系譜を感じさせてくれるはずである同年輩の中国の方々のジャズをどうしてもこの目と耳で確かめたかったからです。
しかし現実は弟の言葉どおりでした。客は前のほうに若い女性が二人。そして私たちだけ。これでは演奏する気分にはなれないでしょう!
しばらくするとその女性二人は立ち上がりました。弟が自信を持って「彼女たちは日本人だよ。あの若さで中国人なら絶対来ないはずだから」と断言したために、出ようとする二人を思わず私は呼び止めていました。そうして私たちのテーブルにやって来た二人は唐突に泣き出したのです。びっくりして理由を聞くと、彼女たちは法政大学のジャズ研のメンバーで、上海でもはや消え行く寸前にあるこのオールドジャズバンドへのとてつもない愛を抱いてここに来ていたのです。
彼女たちのジャズへの想いとたまさか私の中の上海ジャズ体験とは重なることができましたが、果たしてどれだけの人たちがこのオールドジャズの存続に興味を示すだろうかということです。まず現在の中国の人たちには難しいと思ったほうがよいでしょう。それなら日本人旅行者のうちどれだけの人たちが真剣に上海オールドジャズを愛せるでしょうか!?もうその年代の日本人は80歳を超えています。私の様に父の世代に薫陶を得た人間も還暦を過ぎました。
むしろ彼女たちのように若い世代が真摯な関心を持つしかないと思います。帰国し、彼女はこのことを論文にすると言っていました。書きあげたら読ませてくださるそうです。
私にも同じようなことをしている娘がいます。テーマは歌舞伎や浄瑠璃の研究ですが、古きものをきちんと遺していきたいという情熱には相通じるものがあるからです。
彼女たちがどのような視点で論文に仕上げるのかいまから楽しみです。ただし上海が戦前に置かれてきた特有の立場を十分に理解して書く必要があるように思います。音楽性からのみのアプローチでは、複合的で陰影のある歴史を持つ上海のジャズを描ききれないからです。
そしてそれがいつの日にか上海の人々の情緒性を耕すことに一役買うことができれば素晴らしいと思います。なぜなら短い旅人の表層的な目には、今の上海の壮絶な混沌の中では、人々は他者を顧みず、とりわけ経済という光線が猛スピードで交錯しているように見えるからです。
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