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夫のたまご焼き

夫のたまご焼きは絶品です。

朝のキッチンに、あのツンと来る懐かしさに溢れた、たまご焼きの匂いがたちこめた日は、多分幸せな一日のはじまりです。そんな日、私は朝から御飯を炊くことに。そして味噌汁は蜆を具にしました。香味ねぎは自家製です。

夫のたまご焼きは見事に△に巻き込まれ、その渦の正確さはまるでバームクーヘンのようです。私のたまご焼きなど横にも置けません。即ち器用、几帳面なのですね!

そんな夫はさっさと朝食を済ませ、出かけました。15分もすれば帰宅。手には数枚のダンボールが。???と思いきや、先日図書館で借り出してきた紙芝居を取り出し、製図をはじめました。ピンポン!孫の紙芝居用の枠を作り始めたのです。

明日は祭日、いつもの通り孫がご来店。きっと百万ドルの瞳を輝かせて、「じぃじぃってスゴイ!」を連発するに決まっています。その瞬間を夢見て、さぞかしスゴイ紙枠の登場となることでしょう!

その間に私は、長い航路の末に川崎港に到着し、パッケージがかなり破損していた船便を受け取りました。その中身に感動して、スイスに住まう友人(フランス人)に英文メールを書きました。

それはまるでビックリ箱さながらの詰め合わせギフト。

まず目に飛び込んできたのが、エッフェル塔やサクレクール寺院、そして凱旋門などが織りで描かれたワインレッドのカフェテーブル用のクロス。ふち取りのブルーグレーの中には季節の花々が乱舞しています。この色のハーモニーはフランステイスト以外のなにものでもありません。

そして次に現れてきたのが、匂い立つようなソープと、一瞬はバスソルトと間違えてしまってえらいことになるところだった布袋入りの塩。『FLOWER OF SALT FROM GUERANDE』という銘を発見し、フランス、ブルターニュの海水から生まれたクッキング用の塩ということが判明。季節野菜のサラダなどにトッピングすると美味しそう!その他にもゼリーやスイーッがいっぱい。

そしてきわめつけのギフトがスイスの美しいPHOTO BOOK。それは写真が美しいだけでなく、アーテストである彼女が、自分で作った小さなてんとう虫や蜂のピンナップ用クラフトをつけて、ページ毎にキャプションをつけていたことです。それはそれは見事なぺーパークラフトです。ギフトの真髄を感じたビックリ箱でした。

手先が器用というのは神さまからの贈物。それなら神さまは私には何をくださったのかしら!?

家内にひとり、海外にひとり、ツワモノたちの創造物に触れた春の朝でもありました。

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原口鶴子の青春

100年前に、ニューヨークのコロンビア大学で心理学のマスターとドクターを取得した日本女性がいます。原口鶴子さんです。

泉悦子さんという女流映画監督のドキュメンタリー映画、『原口鶴子の青春』が全国巡回中です。監督自身がニューヨークで映像技術を学んだ人で、本人の深い関心の賜物として完成した作品だそうです。

原口鶴子(旧姓荒井鶴子)さんは群馬県の出身。才気煥発な女性で、日本女子大を卒業した22歳のとき、単身アメリカへ留学します。そのときの想い出が綴られた小冊子「楽しき思い出」があります。映画はそれを素にドキュメンタリーとして作られたものです。

私はその本を読むことで、むしろ鶴子さんという女性の芳香と進取の気象を感じることができました。当時のアメリカの様子を語る文章表現はとても面白く、現代においても一読に値します。

鶴子さんはカナデァイアン・パシフィックの航路で、まずはバンクーバーの地を踏みます。そこから陸路をカナダの東海岸を目指し、ニューヨークのグランドセントラルステーションに降り立つのです。

たとえば、すでにその当時からアメリカ人はチューインガムを噛む習慣があったとみえ、モントリオールからニューヨーク行きの列車の中で、立派に装っている貴婦人が不思議なことに始終口を動かしていて、何かを食べているのでもなく、1時間も2時間も口を動かし続けていることに、とてつもない疑問を抱き続けていた鶴子さんは、後々それがチューインガムであることを知ります。

エレベーターについてはこう記しています。「三方鏡になっている箱見た様な小さな部屋に連れて行った。戸がピシャリと締められるより早く、部屋は上の方に向かって動き出した。喫驚して思わず大きな声を出した。之は昇降機であった。」と。

コロンビア大学女子寮時代の暮らしぶりには、毎日の異文化体験の驚きと、ときめきが溢れています。その文章表現はとても具体的で臨場感があり、まるで映像を観るかのようでもあり、一遍の小説を読むようなドラマチックな楽しさがあります。

鶴子さんの研究テーマである「心的作業及び疲労の研究」は、心理学を学ぶ多くの学生のテキストとなりました。

鶴子さんは留学中に、後の早稲田大学教授となる哲学者の原口竹次郎さんと結婚し、帰国後2児に恵まれますが、腎臓結核という、当時最も治療が困難であった病気により、29歳の若さでこの世を去ります。

現在鶴子さんの娘さんは、映画ビューテフル・マインドの原作にも名前が登場する、高名な数学者でコロンビア大学名誉教授のご主人と共に、当時鶴子さんが青春時代を謳歌したセントラルパーク・ウエストに40年以上暮らしています。

監督の泉悦子さんは自身もニューヨークで映像技術を学んだ経験があり、自主製作の1本目は2006年の『ニューヨークで暮らしています。彼女たちがここにいる理由』です。

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コーチング・ワークショップ

今回の参加者は30代が中心でした。

自信に溢れた営業マン、子育てと企業のフルタイム勤務を両立する人、子育てをしながら社会復帰を考え始めた人、派遣としてのキャリアを確実にアップしている人、家庭にいながら自己啓発に励む人。学者としての道へ邁進する人。

同じ30代を歩みながらも、それぞれの立ち位置は見事に多彩でした。

彼らから発せられた言葉の数々。「数字がすべてなんですよ!」、「私は一言で言えば冷たい女」、「職場では言われる前にそのことをクリアしていたい」などなど。

自信に満ち溢れているもの。あるレッテルを自分に貼ることで生き方を納得するもの。自分自身への高いハードルを課す者。

30代の元気はまぶしいほどです。それでいいのだと感じます。むしろそうであることは望ましいことです。

私自身の30代を振り返っても、私立高校の校長インタビュー記事を書いている頃は、長女をワゴン車に乗せて、その後部座席で宿題をやらせ、取材中は校庭で遊ばせていました。主婦業と、とりわけ密接であった夫の親との付き合いのために、原稿を書くのはいつも深夜。病気がちで学校を休むことの多かった子どもの受験勉強のために、朝は4時起きで、英語を教えていたこともあります。一体いつ寝ていたのでしょうか!?

30代の恐るべきパワーを支えているのは突っ走る力です。”30代は2倍生きてよし”というのが私の自論でもあります。

しかしそのエネルギー出力の源は、強い思い込みと、狭い視点であることにも、少しづつ気付いていかなければならない季節が近づいてきます。

40代に入ると誰にでも待ち受けている「トンネル」を通過しなければならないからです。それは親の介護であったり、自分自身の身体の変調であったり、子どもの教育問題であったりです。

結婚している人は、パートナーとの関係でおざなりにしてきたことが大きくクローズアップしてきます。結婚を選ばなかった人は、そのことへの答えを自分自身に突きつけられる季節でしょう。

「貸借対照表」は企業の経済指標のためだけでなく、人生の過ごし方、今流行のライフワークバランスシートでもあるのですね。

だからこそ30代を十分に語り、セルフイメージを確認し、なぜ自分がその位置に立っているのか、立とうとしているのかを認識しておくことは、後々重要な意味を持ちます。

コーチング・ワークショップが、彼らにとって自分自身を振り返り、十分に現状を認識し、そのことへの客観的視点を獲得する機会になれば、人生の先輩としての役割はひとつ達成です。

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理不尽という名のCO2

いま理不尽もCO2と同じくらい地球を危険に晒しています。

拉致被害にあった家族と金元死刑囚が韓国での面会を果たしました。家族を拉致されるという理不尽に苛まれてきた、被害者の方々の長い年月における痛恨の思いははかりしれません。

昨日のトップニュースを通して、過去から現在へと繋がる理不尽の道程を思います。その理不尽には主体者が幾重にも重なり、どこから観たときに断固として理不尽なのかを考えさせられる会見でした。

北朝鮮という御しがたい国家(”北朝鮮側の論理”というものが在るのかもしれませんが、日本人としての私には、現象面としてそう見えます)。そこに韓国が対立してあり、もちろんアメリカが深く介在しています。その脇に日本の拉致という被害が横たわったままです。

ソ連とアメリカというとてもわかりやすい冷戦の終焉後、20年近くを経たいま、世界はますます混沌としています。

イスラエルとパレスチナ。イギリスをはじめ大国の干渉がはじまって1世紀近くが過ぎ、未だに禍根をのこしたままです。アフリカ諸国の混乱、アフガニスタン、イラク、そして対アメリカという図式のキューバ。南アメリカ諸国も万全とはいえない政治的危機感が漂っています。地球上のいたるところで”理不尽”が火を噴いています。

そんな中、内輪もめにいたずらに国会会期を費やしている、日本という国の政治家は一体何者なのでしょうか!?そんなに日本は平和なのですか!?

少なくとも経済格差による若者たちへの被害は甚大です。近い将来日本を背負っていく世代が、劣悪な経済環境によって被る精神的貧困さを想像するとき、震撼とします。

人間は100年も生きません。その後の日本がどうなっていくのか見定める術もないわけです。されど残された少ない時間を少しでも若い人たちに役立ちたい。そんな思いが募るこのごろです。

還暦も過ぎればどんな人もそれまでの経験を生かして、次世代への貢献ができるはずです。

夫は定年退職後に、福祉協会のボランティアで障害者へ絵の指導をしたことがきっかけになり、障害者教育へ情熱を持つようになりました。一方では現役時代の延長線上にあるNPOを立ち上げて5年。対極にある世界を両立させています。

私は今月は30代を対象にしたコーチングワークショップを開催します。ひとりでも多くの人に<セルフコーチング>のセンスを身に付けてもらうためのライフワークです。

私が更年期女性のためのボランティア活動をしている頃は、夫は企業の経営陣の立場にあり、夫婦の座標軸は全く個別のものでした。同じ家の中にいながら、”隣は何をする人ぞ”です。しかしいつしかそれらは交わり、価値を共有するまでになりました。人生のパートナーから得るものとしては、最高のサプライズです。

蔓延する理不尽という方程式を解く鍵は「価値」の確認と、多様性の容認です。

しかしこの簡単な図式は個々の間においても、いわんや国家間においては至難の技といえるのでしょう!

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シャイン・ア・ライト

朝一番に、年下の友人からのメールに触発されて、なんと病院と美容院の狭間の時間に、シネ・ピピアに駆けつけるというウルトラCを演じました(期間も時間も超限定上映とは、いやはや早起きは三文の徳。そして、ピピアさん、いつも選りすぐった作品をありがとう!)。

想像通り、期待通り、ゴージャスなライブを堪能できました。それもシルバー料金で!

ザ・ローリング・ストーンズはまさに同時代を生きてきた、有無を言わせないロックンローラー。存在そのものが、他のどんなロックバンドとも比較対象にはならないでしょう。

ストーンズの40年来のファンで、その作品には彼らの音楽を使い続けてきたというマーティン・スコセッシ監督悲願のストーンズ「ライブ映画」です。

カメラの奥には、ニューヨークの魅力を身体の奥深くに沁みこませる映画を発信してきた、スコセッシ流の香りが色濃く漂い、映画としても魅力的な作品になっています。

舞台は2006年11月のニューヨーク<ビーコンシアター>。アールデコスタイルのその劇場が音楽ファンにとってどれだけ有情なる場所かは、名前を口にしただけでシビレルはず。

映画館にいるはずなのに、マンハッタンにいて、コンパクトでクラッシックな劇場の中に入り込んだかのような錯覚を覚えるほどの臨場感。”その”ミュージッシャンたちの、額に深く刻まれた年輪が画面いっぱいに躍動するとき、名状しがたい感動に包まれます。

飛びきりお得な2時間でした!ロックファンなら必見です。

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映画『AUSTRALIA』

1930年代のオーストラリア、ダーウィンを舞台に語られた映画です。

美しい広野と大自然を背景に、実は重い内容をサラリと描いているために、エンタテイメント性のあるポピュラーな映画になっています。そういう意味では3時間という長丁場ですが飽きずに楽しめます。

バズ・ラーマン監督を筆頭に、主演のニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマンはもちろんのこと、すべてオーストラリア出身のスターとスタッフを総動員した作品です。

『風と共に去りぬ」か、はたまた『愛と哀しみの果て」のような、美男美女の壮大なラブロマンスというのが前宣伝から受ける印象ですが、ストーリーの根底に流れているのは、アボリジニ(オーストラリアの先住民)に対して行われてきた国家の同化政策への謝意です。

昨年、アボリジニに関する英文の本を読みました。「RABBIT-PROOF FENCE」です。2002年には映画化され、『裸足の1500マイル』という邦題で日本でも公開されたそうです。

アボリジニと白人との間に生まれた子どもたちを強制的に隔離し、白人社会に同化させるという非人道的な政策でした。物語はそのハーフと呼ばれるアボリジニの少女3人の1500マイルにも及ぶ過酷な逃亡物語です。アボリジニに対する知識を得るにはお勧めの本です。

民族同化という少数民族への仕打ちは、どこの国においても悲しい歴史を刻んでいます。日本におけるアイヌ民族のことも、私たちはもっともっと知るべきだと改めて思いました。

この映画ではもうひとつハッとさせられることがあります。愛し合う人たちを一撃するのが日本軍の襲撃だったからです。日の丸をつけた戦闘機が群れとなって上空に侵略してくるシーンには、ほんとうにこんな風に襲撃したのだろうかという思いが過ぎり、なんともいえない気持になります。

『パールハーバー』という映画を観たときにも、日本軍の圧倒的な戦闘場面に同じような気持を味わいました。戦争における歴史的な事実を正しく認識しておくことは、映画鑑賞の上でも避けられないことだということを痛感します。

歌って踊る当代一のエンタテイナー、ヒュー・ジャックマンは今年のアカデミー賞の司会者に選ばれ大活躍したそうです。映画の中ではなんと踊りが苦手な無骨なカウボーイを好演していました。

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