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サウンドフル!?な出会い

リタ・ダルカンジェロさん。イタリア、ミラノ出身の女性で、昨年の秋から、西宮芸術劇場に招聘されている首席フルート奏者です。

週末に、芸術劇場の神戸女学院小ホールでの彼女のコンサートを聴いてきました。

実はリタさんとは河川敷をジョギング中に出会いました。彼女は自転車のチェーンが壊れていて、自転車を引きながら歩いていました。私のほうから声をかけたことがきっかけで、話が弾み、今回のコンサートへ行くことになったのです。

フルートのソロを聴いたことはこれまでにほとんど記憶がありません。フリードリッヒ2世などなど、古くから王侯貴族に愛された楽器らしく、その音色は繊細で優雅です。女性の演奏者が多いのも頷けます。

当日の演目はプロコフェイエフのフルート・ソナタ二長調。初めて聞く曲でした。私はラベルのボレロにあるフルートのメロディーが思い出されるくらいですが、フルートファンの人にとっては耳慣れた曲なのかも知れません。

当日はイタリア領事館からもゲストが見えていて、イタリアで起きた地震への寄付の呼びかけがありました。

演奏後に楽屋でリタさんに再会し、同行した同年代の娘を紹介しました。イタリア領事にもお会いし、私たちの出会いの話をしました。

彼女からのファースト・メールには「life is interesting !」とあり、まさに出会いはミラクルだと思います。そのときの話題を投げかけたところ、リタさんが改めて領事にイタリア語で説明していました。

リタさんは5月12日まではヨーロッパへ一時帰国するということで、西宮へ戻ったら、ぜひデイナーを一緒にと誘われました。またまたどのような話題が広がるのか、楽しみです。

こうして声をかけて話すことから、すべてははじまるのですね!旅先では、偶然声をかけられたことから親交を深めたフランス人女性がいます。メールやカードやお手紙、そして双方の国で会うなど、10年余りのお付き合いが続いています。たいした英語力ではなくとも、人と人とのこころは繋がるものです。

それに特にメールなどの書かれた英語でのやりとりで気付くことですが、イタリア人もフランス人も、英語は学んだ言葉です。完璧ではありません。というよりは一人ひとりに個性があります。ネイテイヴスピーカーである、英国人やアメリカ人、オーストラリア人の英語も特色があります。日本人が日本人としての文化を誇りに思うなら、日本人特有の英語になるのがあたり前。

という観点からも、私は小学生が日本語をきちんとマスターする前に、彼らを英語漬けにすることには反論があります。両親が国際結婚で、子供たちがバイリンガルになる必然があっても、その環境整備には繊細なケアが必要かもしれません。母国語という支柱があってはじめての外国語だと考えるからです。

なぜなら言葉は話すための道具だけではないからです。言葉によって精神が構築されていきます。言葉はまさに人間であるための生命線です。日本語がきちんと話せてはじめて外国語への理解が深まります。もっと言えば日本語で話すべき自分の考え方がない限り、英語での会話を深めることは難しいとも言えます。旅先などでのショッピングに使う道具としての英語なら、電子辞書を見ながらでも間に合うはず。

まずは日本語の達人になることが、外国語でのコミュニケーションへの王道だと信じています。

というわけで、私はいつまでたっても上手くならない英語で、しかしいつも "I think"で話をしています。

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『buy a suit スーツを買う』

昨年9月に急逝された市川準監督の遺作です。友人から、息子が音楽を担当しているので観てくださいという報告があり、早速昨夜、梅田ガーデンシネマで観てきました。

市川さんはCMの作り手として手腕を発揮された方なので、個人的にも親近感のある映像作家でした。

とりわけこの作品は、映画というものが一方でどんどんテクニカルに、整形美人化していくものであるとしたなら、むしろ素顔のままといった趣を演出したものです。

街の中の音も多分そのまま収録されていて、その音の乱雑さにかき消されそうになりながらも、訥々と交わされる関西弁が作品としての味わいを深めます。

一葉のはがきを受け取った妹が関西から上京し、ホームレスとしてテント暮らしをする兄と対面します。兄の妻であった女性と3人で、屋台で食事をしながら話す場面がこの映画からのメッセージだということがわかります。屋台の前には吊るしの服を売る店などが軒を連ねる浅草界隈が、この物語の格好の舞台となっています。

元妻は行方の知れなかった夫の成れの果ての姿を見ながら、淡々とつぶやきます。「もう確かめ合うのやめよう。生きとったらあかんとか、生きなあかんとか、そんなん確かめんのもうやめよう。確かめ合おうとするから、みんなわやになってしまうんやんか」。なぜかこの妻の存在感が圧巻なのです。

そして気になるのは、兄の先輩で、広告代理店勤務の山口さんが妹に託した兄への手紙です。屋台で3人それぞれが読む表情が抜群。何となくその内容は察しがつきますが、画面では内容が伝えられることはありませんでした。

映画館の私の前の席に、その山口さんを演じた電通関西支社の山崎隆明さんが、奥さんと、小学生くらいの息子さんと一緒に鑑賞されていたように思います。確かめようはなかったのですが、ほぼ間違いなく画面上の山口さんが目の前にいたので、ちょっと驚きました。思わず手紙にはなんて書かれたのですかと聞きたくなりました。

ブログを読んだ方で、ご存知の方があれば教えてください。

そうして、妹は「おこづかいあるねん」と言いながら、兄の再生を願いスーツを買おうとするとき、そんな二人の様子をみながら帰ろうとしていた元妻は、付き合いの有るらしき男に刺されてあっけなく路上に倒れます。映画はそこで終わります。

市川さんが送ろうとしたメッセージは、「buy a suit スーツを買う」と同時に制作された短編「TOKYOレンダリング詞集」と合わせて観ることで、明確になるように思います。殺伐とした日本の現状を憂いながら、そして生き難い時代だけど、やっぱり人間賛歌なのだということが。

うろ覚えですが、その詞集の中で、『あなたという海峡』という一片の詞が心に残りました。松本龍之介さんが創り上げるピアノの音は、これら市川作品の中で、もうひとつのソウルメッセージとして強く印象的でした。

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バレエ

英国ロイヤル・バレエの「マノン」をTVで観ました。

バレエの舞台を観るのはとても久しぶりです。ちょうど10年前、かのシドニーのランドマーク オペラハウスで、オーストラリアンバレエを観たのが最後でした。

「マノン」を主演するのは、いま最もチケットが取りにくいといわれているタマラ・ロホとカルロス・ア・コスタです。かたやスペインの舞姫、一方コスタは、キューバが誇るバレエダンサーです。英国ロイヤル・バレエ団には熊川哲也さんや吉田都さんも在籍し、トップダンサーとして活躍しました。

最近は日本でも外国からのバレエやオペラの公演が日常的になりましたが、まだまだバレエの観客の層が厚いとは言えません。反面、団塊の世代以降では、子どもにバレエのレッスンをさせていた親が多いので、発表会などで、良く知られた演目「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」などの舞台を観たという人は多いと思います。

バレエの舞台で忘れられないのは、宝塚市在住の画家、藤飯治平さんがモデルとして描いていらっしゃったバレエダンサー(お名前を忘れてしまいましたが、神戸女学院の方)が踊られた、サンサーンスの「瀕死の白鳥」を娘たちと鑑賞したことです。私はどちらかというと物語性のあるバレエが好きです。

私は小さい頃、祖母のすすめで花柳流の日本舞踊を習っていました。ところがその頃の少女雑誌の表紙を飾っていたのは松嶋トモ子さんや鰐淵晴子さんのバレエ姿でした。そのせいか、ああ、なぜ自分はバレエではなく日本舞踊なのだろうかという気持がありました(日本舞踊のお陰で長唄にも馴染みがあり、歌舞伎の舞台を鑑賞するときなどに役立っていますが)。

そんな思い出があったせいか、長女には3歳になるとバレエのレッスンを始めさせました。しかし親の願いを投影したものが長続きするはずがありません。いつしかバレエという言葉さえ我が家からは消えていきました。

「マノン」はストーリー性の演出が巧みで、オペラの舞台に近い雰囲気を味わえます。もちろん歌ではなく踊りで表現されるわけですから、改めてバレエという舞踊の美しさに魅了されました。

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『ブーリン家の姉妹』考

週末にDVDで『ブーリン家の姉妹』を観ました。英国王室に英国国教会があり、同じカトリックでありながら、なぜローマカトリックと袂を分かつことになったのかの理由が分かる映画です。

物語の主軸はエリザベス1世の実母であるアン・ブーリンを、時の英国国王をローマカトリックから破門にさせた毒婦として描きます。しかしその後のヘンリー8世の離婚・再婚歴を眺めると、ローマカトリックのきまりからの解放を願ったのは王自身ではないかと私は感じます。

この時代に、例えば映画で観るアン・ブーリンのような策略家の女性が存在できたのだろうかという疑問があるからです。毒婦として、はたまた傾城の美女として、後世に語り継がれた女性たちの真実は計り知れません。様々な文献から推し量るとしても、すべては藪の中です。

同時代を生きたものとして、少しは現実的に想像力を持つことができるダイアナ妃の物語も、何世紀も経ち、果たしてどのような伝聞として残っていくのでしょうか!?

歴史をひもとくことは実に面白い作業です。それはどの入口から進入しても、すでにドラマだからです。

映画や演劇が人を魅了してやまないのは、すべての背景に厳然とした歴史が有り、またそれは、たとえ史実と冠されていたとしても、まさに『虚実皮膜の間』で、壮大な絵巻物を展開するからです。

歴史ものの作品を鑑賞するときは、どの部分に最も脚色のテーマがあるのかを見極めるのが楽しみです。それは今日的な傾向や価値、そして警鐘に結び付いているからです。

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「衣食住の細部に価値」

これは東京大学大学院教授の西垣通さんが語った、朝日新聞「閉塞感のほぐし方」というコラムの中のタイトルです。リードコピーには「欲望を諦める」と、本人の言葉が記されています。

「今は充足を味わえない時代だと思います。この十年あまりの間に、社会のあらゆる面で物事の数量化、デジタル化が急激に進んだ。人間の『欲望』も、例外ではない」。

西垣さんは、生存本能に裏打ちされた生物の欲望は、アナログと言います。「満腹になればもう食べられないように、いつか飽和するものだった。しかし、数値化されたデジタルな欲望は身体的な歯止めを失った」と。

そうして「何億人もの思惑が複雑に絡む世界の金融市場の動向を、コンピューターを使えば予測できると思いこんだ。そして惨めに破綻した」と、グローバル経済の破綻を解きます。

それは生物の生存本能が必要だとささやくレベルとはけた違いの、「もっと」をどこまでも求める欲望の巨大な渦が人間をのみこんだ結果だとし、西垣さんはこのシステムを「練金メガマシン」という言葉で諭します。

そして、多くの人に苦しみをもたらすまで、止められなかった練金メガマシンの破綻の今こそが、お金以外の価値を思い出させる好機と呼びかけます。

何を優先し、何を諦めるのか。「その判断基準を共有できる気の合う仲間と一緒に、ゆったり生きればいい。グローバルよりローカル。金融市場の数字より衣食住の細部に深い価値を見いだし、充足感を味わうのが、生物である人間の本来の姿」と、提案しています。

そこで一句。作ってみました。

アナログの思考回路や長閑なり

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ハウツー本の功罪

ハウツー本が巷に溢れかえっています。

確かにこの類の本は、にわかにものごとに精通した錯覚を与えます。立ち読みしただけで、一瞬得した気分になれます。

しかしこの即効性が実は大きな損失を読み手に与えていることも、ぜひとも覚えておきたいものです。

個人的な例ですが、私はガーディニングもペットの飼育もほぼ無手勝流にしてきました。それは基本の”き”を学ばないということではありません。もちろん気になることは図書館に行き、専門書を読み、テレビの趣味の番組で欲しい情報を得ます。しかしその前に「自分はどうしたいのか」を先行させるという意味では、かなり無手勝流なのです。

こうしたいのに、マニュアルでは禁止されているなんてことがよくあります。そのとき、なぜ禁止されているのかを考えるのです。そうすると、完全に拒否されていることばかりではないことがどんどん出てきます。そうしたほうがよいというレベルのものであれば、そうしない方法もあるかもしれないのという余白が見えてきます。その余白への挑戦が実に面白いのです。

また、マニュアルで規定されていることを知らなくても、その対象物を「対象物の身になって」観察していると、自然に同じ場所に行き着くことがかなりあります。そこへ行き着く間にもいろいろな答えがあって、これがまた面白いのです。

ハウツー本マニアになると、そんな思考のプロセスを摘み取られてしまいます。これは、便利さと引き換えるには歩が悪すぎます。著者にお金を払って、自分の脳みそを売り渡しているようなものです。

同じように私はハウツー本的噂話にも耳を貸さないことにしています。伝聞形式のらせん状噂話です。そこにはひとかけらほどの真実!?しかないからです(多分ひとかけらの起点くらいはあるはず)。

しかしハウツー本の功のほうもあります。たとえば血液型取り扱い説明書という本がブレイクしましたが、そんな本を一瞥するような堅物もどうかなぁ!?「それ知ってるよ」というスタンスはコミュニケーションの大切な潤滑油だからです。

時々は本屋を覗いて、人が群がっているコーナーを一巡することも楽しいものです。

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冬眠からの復帰

北側のベランダで金魚が無事に冬を越しました!

冬は部屋に入れてサーモスタットを入れてやってください、とペットショップのお兄さんに方々アドバイスされていましたが、むしろ場所を変えない方法を選びました。なぜなら私の仕事部屋からいつも見えることが私にとっての条件だったのです。美しいフォルムの金魚鉢に入れたまま、金魚藻を多めに入れて、秋口から少しづつ餌を与えないようにしていきました。

真冬には藻の入った水嵩は5分の1くらいまで減り、まるで「濃茶手前」のような趣。ときどき気になって、目を凝らしていろいろな角度から覗くと、金魚藻を羽根布団のように纏いながら、じっと水底で息をしているのがわかります。

3月の末になっても春の温かさは訪れません。この美しいガラスの城を一日でも早く磨き上げて、朱色の身体をのびのびと泳がしてあげたい。この1週間その日を待ち焦がれていました。

そして今日やっと、『4月3日金曜日金魚記念日到来!』。新しい春の水を得て、伸びやかな雄姿(雄だかどうだか!?)で目を楽しませてくれています。

昨年の9月~10月の中国旅行の折に、留守居を頼んでいた夫が相棒を逃がしてしまいました。独り寂しく冬籠りしていたのです。これで新居もピカピカに整ったことですし、早速お嫁さん(!?)を探してあげたいものです。

実は過去に冬眠で救いようの無い失敗をしています。手のひらに乗るくらい小さなミドリ亀だった丸太は、これまたペットショップのお姉さんのアドバイスを無視して、北側のベランダで飼い続けました。仕事部屋に出入りさせて遊ばせるためです。幸いに、寒さにも負けないで無事に成長し続けました。5年くらいたった頃に2度も家出をし、1年後に戻ってきたというツワモノでした。

2年前に夫婦で旅行するにあたり、娘たちに老犬の世話を頼まざるを得なくなりました。それ以上の生き物の世話は気が引けて、丸太くんは旅行から戻ってから冬眠から目覚めさせることにし、なんとそのまま出発してしまったのです。ところが帰国してカバーを外したときにはもう息が絶えていました。その時の後悔と悲痛な思いは今でも癒えることがありません。

その瞬間、私は驚きのあまりにその場に転倒して頭を強く打ちました。そのことが要因なのかはわかりませんが、頭痛が続き、その年の暮れに脳に動脈瘤が見付かりました。それ自体は由々しきことなのですが、丸太くんへのお詫びとレクイエムだと考えて、頭の中の瘤をむしろ容認している私なのです。ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい。

『追記』

4月6日、稚魚参入。相性のよきこと祈る

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『カラマーゾフの兄弟』

18歳のときでした。自宅の書架の世界文学全集の中から、「カラマーゾフの兄弟」を取り出し、まさに挑戦するかのような気持で読み始めたのは。何度も途中放棄の誘惑にかられながらも、読了したときの安堵感と疲労感はいまでも忘れられません。そしてこのことが私の読書への達成感を記憶させてくれたのです。ロシア語の名前が覚えられなくて、登場人物の栞を手にしながらの読書でした。

作品中の重要な人物と記憶しているゾシマ長老の言葉に、ドストエフスキーは、21世紀の現代における人間の混沌と喪失をまさに予見していたことに、いまさらながら驚愕しているところです。

そんな時代の眼が向けられているからでしょうか。亀山郁夫氏の新訳「カラマゾフの兄弟」が注目を集めています。

私はついこの間、多分1968年に封切られたロシア映画だと思いますが(1950年代には確かユル・ブリンナー主演のアメリカ版があったはずですので)、『カラマゾフの兄弟』を観てきました。あらすじを描ききるだけでも4時間という大作です。

ほぼ原作を読んでから44年の歳月を経て、映画で描かれている大筋のストーリーそのものに関する感想は、あまり変化していませんでした。それは人間の行動や言動だけでは人間の本質を決定できないという意味においてです。非常に短絡的な言いようですが、これこそがドストエフスキーの思想の原点と考えてもよいと思います。

この物語の背景には信仰と死の問題が大きく横たわっています。格差や貧困も描かれています。それが父と子、兄弟という人物を描くことで明確な現象をつきつけてきます。またもや信仰について、そして社会のあり方について考えさせられました。

貪欲で、狡猾で、淫らな父には3人の息子がいます。深く信仰に帰依する三男のアリューシャ、欲望に忠実に、もしかしたら最も人間として自然な在り方を示す長男のドミトリー(ミーチャ)、そして自ら無心論者、合理主義者と言い切る次男イワン。

父親殺しとして捉えられたドミトリーの裁判で、兄弟の精神基盤が顕になります。とりわけ常に冷静で、傍観者的な行動をとってきたイワンが、父親殺しの真相を知ることによって錯乱していく様は、読書時と同じようにやはり大きな衝撃でした。10代の私には最も難解な箇所でもあったからです。やはりこのくだりはもう一度、本で読むしかないように感じました。

父親殺しの真相が究明されないまま、ドミトリーはシベリア流刑となります。この結末は、裁判員制度が導入されたいま、またしても人は人を正確に裁くことが可能なのだろうか、という疑問と不安を呼び覚まします。

形而上への真の理解がないまま、どうやって人の心の在り様を判断するのでしょうか。法という枠組みに照らし合わせたとしてもです。

ドストエフスキーはこの作品を死の1年前に書きました。彼は60年の生涯でしたので、更年期以後の世代にとって、読むべき本の一冊であることは間違いありません。

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