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マイルス・デイビスBy ロイヤルホース

英語ジムで出会った年下の才気煥発な友人と、昨年来約束していたジャズのライブに行ってきました。彼女もジャズピアノへ挑戦中。そこでnikoさんというジャズボーカリストの女性にも出会いました。英語の歌詞を日本語にすることで、独自の詞の世界を表現しているそうです。英語というキィーワードから出発した出会いが、昨夜私を、心地よい時間へといざなってくれました。

梅田のロイヤルホース。オーナーの関基久さんが”ライブ”こそが音楽だとこだわり続けて、1977年にオープンした老舗ジャズクラブです。お店の前に立つと、そこはまるでN.Y.の一角のよう。

今夜のライブタイトルは"The 40th anniversary of  BITCHES BREW"。メイン・パフォーマーはもちろんトランペットの雄、行本清喜さん。そしてサックス古谷光広、ドラムス東原力哉、ベース木村知之、ギター清野拓巳、キィーボード&ピアノ辻佳孝(敬称略)、6名のまさに精鋭揃い。

マイルスと言えば、いつも耳について離れないのはなんといっても「KIND OF BLUE」までの古き良き音色。それからどんどん進化していくマイルスのサウンドの中でも、1969~70年にリリースされたこの伝説の名アルバム「BETCHES BREW」は、当初、私にはなかなか馴染み難い音でした。ところが聴きこんでいくうちに、この独特の旋律、音の構成にとりつかれてしまいそうな、不思議な魔力を持っています。

その魅力をどう表現したらよいのか!?乱調の美?収斂して行くのではなく、地球の果てまでも拡散していくような、エンドレスで、底なし沼のような、ある種の不安感を抱かせる音。その旋律のすべてが昨夜ロイヤルホースで見事に再現されました。行本さんたちの果敢なチャレンジ精神が炸裂したステージでした!

ジャズを奏でる楽器はそれぞれが強いメッセージを発信します。その場の”主役”を見守る他の奏者の表情がこれまたいいのですねぇ。オーディアンスと一緒に耳を傾けていながら、抜群のタイミングでフューチャーしていくドキドキ感。彼らはまさにコミュニケーションの達人たちです。そんなジャムセッションの魅力こそがジャズの醍醐味なのです。

大きなコンサートホールに駆けつける若い世代のライブ感覚と、たとえばロイヤルホースのような空間で体験するライブは似て非なるものです。純生という音があるのだとすれば、こういう場所での音を指すのだと思います。音と聴き手の内面が超至近距離で直結しているのですから。

それにしてもマイルス・デイビスって凄くないですか。40年前のアルバムが今聴いても来世紀の曲のように感じさせるなんて。Oh, my avant garde !

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絶対感度

新型インフルエンザが高校生を中心に広まっていることから、今朝の天声人語に、若い世代だけが聞き取れる高周波の音があることが書かれていました。『何にでも鋭く反応するのが若さである』というその文面から、抗い難い老化というものがあることを改めて知らされた思いがします。

豊かな感性や、感度良好なのは年齢には関係ないと認識し、私自身はとりわけその部分を大切にして生きています。しかし生命サイクルの持つ絶対感度は越えられないものなのでしょう。

先ごろ2000回公演を成し遂げて、89歳の誕生日を迎えた森光子さんを追う番組を観ました。ドキュメントタッチの番組そのものは、思ったほどに感動を覚える構成ではありませんでしたが、一人の女優が2000回という舞台をやり遂げたという事実はしっかりと伝わってきました。

一番印象に残ったのは、「正直ファンのためというよりは自分のためにやってきた」というご本人の言葉です。ひたすら女優として、表現者として、与えられた場をやり遂げたいという、強い意思がもたらす確固たる点のひとつ一つが、2000回という見事な線になったのです。

私はその「放浪記」なる舞台を拝見したことがないので、森光子さんと舞台についてはコメントする立場にありませんが、この女優さんの偉業は、人の老化と、人の達成力との間に、先ほどの『絶対感度』なるものを越える、精神の『絶対領域』があることへ思いを馳せさせます。

果たしてその『領域』を表現するにはどんな言葉があるのでしょうか。

真摯な努力、飽くなきチャレンジ、掲げ続ける夢・VISION、社会貢献、美学、そして自分自身と調和して生き抜くこと!?

それらのすべてが混ざったものかもしれません。その内側に持ち続けるパワーやエネルギーこそが、人生において、ひとりひとりが掌中にすべきもの、希求していきたいものであることを感じさせてくれます。

若さには眩しいくらいの特権があるようですが、老化には柳のような、枝垂れて折れない強さがあります。加齢していくことは自己発見の長い道のり。素敵なインナー・トリップです。

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それぞれの洋食皿

夫婦ふたりの食卓で、一番出番の多いのが直径25センチの平皿です。和の料理以外では毎回ランチョンマットに鎮座し、その日のメニューが納まります。

夫用は、藍色の大きな向日葵風の絵付けがされ、Stonehengeと銘が書かれている英国製。36年前の長女が生まれた最初の冬に、赤ちゃんの環境を護るんだ!と、夫が率先して購入したオイルヒーター、デインプレックス(だったと記憶)に、ギフトとして添えられていたペアの皿とスープカップセットの唯一の生き残り。

そして私の方は、実家の料理上手な母が多分60年くらい前には買い揃えていた洋食器で、私はこの皿で、幼いときからカレーライスやオムライスを食べていた美味しい、幸せな記憶があります。

昔の洋食屋さんで出てくるような、お花のブーケが4ヶ所に描かれたオフホワイトのひなびた雰囲気の薄手のもので、裏を見ると、いまだにくっきりと、オリーブのような花飾りの中に、小さくEna Chinaと刻印があり、その下に Sue Yamahaとイタリック文字で書かれています。多分昭和20年代のありふれた洋陶器だったのではないでしょうか。この皿も数枚あったのが、阪神淡路地震のときに1枚だけになりました。

私はほぼ毎日、夕飯時にはこれ等の皿を丁寧に出して、それぞれの場所に並べます。

今日のメニューはためしてガッテン流に作ってみたハンバーグ。見事に肉汁が閉じ込められて、ちょっとしたレストランの味が再現できました。これらの皿にはなぜかしらハンバーグがよく似合います。夫の好きなエビフライも住み心地よさそうです。ところがステーキはというと、ちょっと高級感を損なう嫌いあり。

さてさて本人たちがくたばるのが先か、割れ物の寿命が先か。最近は3食を共にすることが増えた夫婦の日常の、まるで同士のような皿たちの物語でした!

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大田神社の杜若

連休が明けるのを待って、娘や孫と京都へ一泊の旅をしました。母の月ということもあり、長女が企画したプランです。

実家の墓のある京都は日常的に訪れる場所ですが、いつもは寺町今出川と、せいぜい銀閣寺界隈に足をのばす程度。今回は私の希望でまずは上賀茂神社からスタート!

杜若の名所大田神社までのそぞろ歩きは、京都の中でもひときわ味わいのある通りです。葵祭を控えて、道路の急整備が行われていましたが、連休と週末との谷間で観光客も少なめで、長閑な散策でした。

大田神社の杜若は例年より少し早めに見ごろを迎えていて、あまり大きくない沢一面に紫のスキッとした麗姿を漂わせていました。数組のカップルのひそひそ話が聞こえてきます。「あれって、かきつばたと読むん!?」「もりわかとおもってた!」。それって牛若丸の親戚?

確かに杜若をカキツバタと読むには漢字検定力が要りそうです。ちなみに俳句では燕子花とも書きます。花の姿が燕が飛んでいるように見えるからとか。はたまた杜若とは異なる花としてあやめや花菖蒲があります。西洋のアイリスはあやめに似ています。

この近くには上賀茂神社に奉職する社家の住居が集る社家町があります。由緒ある社家の一軒は匂い袋屋さん、そして趣のある店構えの漬物店「なり田本店」があります。お土産にはもちろんすぐきを。

翌日は嵯峨野方面へ。トロッコで亀岡まで行きました。車窓にシャワーのように降り注ぐ万緑は清々しさこの上なしです。秋の紅葉は想像するだけで見事なことでしょう!

宿舎はリーガーロイヤルホテルのスイート1部屋に全員で泊まりました。長女の交渉力で、エキストラベッドを入れ、とびきりなレイトにしていただきました。お陰で夜は持参したDVDで、孫が大好きな「ウォーリー」を広いリビングで楽しみました。

宵の散策は四条通ではなく三条通りがおすすめ。紙クラフトの殿堂鈴木松風堂や、瀟洒なレストランやブテックが軒を連ねていて、ウインドー・ショッピングにも楽しい通りです。もちろんイノダ珈琲もあり、まるでパリにあるようなテントで囲んだカフェなどもあります。この通りから錦市場への移動もすぐです

ついでに墓参もすませ、聖五月の風を堪能した古都の小旅行となりました。

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GWにパンジーを眺めながら

日照時間の短い場所でも、健気に冬を越すことができるのはパンジーです。北側にある仕事部屋のインテリアの延長といった感覚で、毎年秋には好きな色のパンジーを植え込みます。今頃になると、あのときこの色目を選んだのは何故だったのだろう!?という思いも去来し、感情のメモにもなるところが、面白いです。

その寒い季節を可憐な色で楽しませてくれたパンジーも、そろそろ終わりの時期をむかえます。夏の花への衣替えをしなければなりません。

咲き始めるのが早かったものから順番に、その命が終焉に向かいます。蕾がいつまでも固く、開花しなかった鉢のいくつかは、その分いまでもまだまだ美しい花を咲かせています。自然の摂理とはなんと公平なものでしょう!

こうして花々を眺めているだけでも、同時にスタートをきっても遅咲きのものがあること、そして生命のサイクルそのものを感じることができます。

俳句を趣味にしていると、毎月の句会を見据えて、自然の移ろいを、目で、こころで、堪能しながら時間が過ぎていきます。

一瞬の桜の季節を甘受した後、もうあたり一面は若葉、新緑、新樹で覆いつくされています。GWとはまさに新緑の中で遊ぶ季節を意味する言葉なのですね!

娘たちの家族もそれぞれの遠出で忙しいのか、我が家は静まり返った週末を過ごしました。そんな日々に活を入れるために、私は園芸用品の買い物をしようと車で出かけました。

新緑の道中に似合うBGMをと、まずはCD選び。風を感じる軽快なものがよさそうです。そして最初に手にしたのが小野リサさんのボサノバ。そしてもう一枚は、この数年、朱夏の季節のテーマ曲にしているSALSA CLASICA。ハバナの想い出にと、旅の帰路、ニューヨークのヴァージンレコードで偶然傍にいたキューバ人のファミリーが、全員一致で選んでくれた宝物のCDです。

これらの選曲は大当たり。とても元気が出て、楽しいドライブになりました。そして植木鉢を並べるイングリッシュ・グリーンの素敵な棚を、格安でGet ! ラッキーデーとなりました。

さてさて明日は家族全員集合のテニス大会。私や孫はほんのお遊びですが、娘の友人は大学体育会系テニスクラブ出身。婿の一人もテニス好き。腰が重いのは最近ひげを伸ばし始めた夫です。

『季節の俳句を2句』

山桜浅葱の空のあればこそ

新緑やボサノバといふ風に乗る

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