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旅、いつかアフリカの大地へ!?

アフリカには赤道が通っています。ということはひとつの大地に北半球と南半球があるということですよね!

TVで何回か放映しているアフリカ縦断の旅をいつも羨望の眼差しで観ます。その旅は装甲車のようなトラックで、砂埃を上げながら移動する過酷な陸の旅です。テントが毎夜の寝床、自炊がベースです。アフリカとはそのように地を這うようにいくべきところだと感じます。そうでなければ、そこに質素の極みで暮らす人たちとの出会い、アフリカの華麗なる猛獣たちとの出会いはないからです。

そんな旅をするには少し年齢を重ねすぎたかもしれません。強健な肉体が旅の第一条件だからです。何事にも不可能はないと考えたい性質ですが、道中、人に迷惑をかける旅には挑戦できません。

そう考えると、若いときにしか消化できない旅というものが厳然とあることを認めざるを得ません。だからこそ若者はツアーなどではなく、本気で旅に出るべしです。

「ピースボート」なら熟年世代でもOKです。時間は長いですが、十分にアレンジされた旅であり、なんといっても船というホテルにいながら移動する旅だからです。

しかしアフリカの大地は船で移動するわけにはいかないのです。

それなら年令相応にどんなアフリカの旅が可能でしょうか!?列車を使ったり、車を使ったり、北から南へはフライトをしたりの旅でしょうか。だからといってナイロビやヨハネスブルグのアフリカなら、ヨーロッパへ行くようなものです。決してアフリカの大地を旅したことにはならないでしょう。

沢木耕太郎さんの「深夜特急」の旅のスタイルに憧れました。

50歳のとき、マレー半島縦断部分だけをモデルにして、宿の予約もなしに2週間、灼熱の太陽の下、独りで旅しました。深夜に列車からゴム畑にあわや落ちそうになり、一歩間違えば危険と隣り合わせの旅でした。しかしそれだけにどんな旅とも異なる体験を脳裏に刻んでくれました。それからは、旅へはいつも何か新しい挑戦を織り込んで、自分で一から十まで行程を練り上げて、出かける習慣にしています。

冒険旅行やひとり旅は、10代、20代のうちにぜひとも体験して欲しいです。事情が許すなら30代、40代だってまだまだ体力的には及第。アフリカ縦断でなければ、50代でもそれなりのアドベンチャーは可能でしょう!

「強靭な肉体があるうちが華の旅」、もっと言えば「精神力だけではどうにもならない旅」があるのですねぇ~。でも可能な範囲で、本来の意味での旅する人であり続けたいです。

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カルメン前夜祭

西宮北口にある芸術文化センターで、いよいよ今日から、佐渡裕プロデュースの歌劇「カルメン」がスタートします。

昨日の前夜祭に行ってきました。主催は西北活性化協議会とにしきた街舞台実行委員会です。中ホールは満席。舞台上ではフラメンコやスパニッシュギター、佐久間優さんのクラシックギターの演奏もありました。そして我が家の孫も大好きな牛のフェルナンドの物語をソプラノとテノールの歌手がオペラ風に語ります。舞台上では近隣の幼稚園と小学校児が合唱で花を添え、町興しの楽しい、ほのぼのとしたイベントでした。

最後には佐渡裕さん自身が現れ、「西北には兵庫県立芸術文化センターを中心に、ガーディンズができ、なんと甲南大学までやってきました!」と街の活性化を喜ぶスピーチをしました。最近ご縁のある佐渡さん率いるPAC(オーケストラー)の活躍も、カルメンと共に最早、西宮を飛び出す勢いです。

一緒に行った友人とは、20代のはじめに彼女はマンドリン、私はギターを練習していた間柄。大の音楽好きの西宮っ子です。我が家の夫と長女は、生まれも、育ちも、現在に至るまで相も変わらずの西宮っ子。

娘の知人から、働くにあたり、子どもを預ける場所が不備という理由で「山田市長を降ろしてやりたい。西宮市は住む価値無し」という暴言メールが届き、西宮市をさんざんこき下ろされたと娘は嘆いていました。愛国心ならず、自分の生まれ育った街への愛情は誰しも深いものなのだなぁと、昨夜の前夜祭の盛り上がりで実感しました!

生涯西宮市の仕事に従事し、歴代の市長とも懇意だった夫の父は、「西宮市はへそのない街」とよく話していました。市が南北に広いために、収斂する場がなかったのだと思います。しかしこのたびの西北の開発により、くっきりとコア(核)が出来ました。佐渡裕さんは音楽を通して西北から世界へ驀進中です。

西宮市の震災による経済的ダメージの復興はまだまだですが、父は空の上から現状の西北の姿にびっくりしているはずです。市内には大学の数も多く、国際交流や、質の高い文化都市へと着実に歩を進めています。次なる課題は福祉やハンディのある人への対策です。

夫は後者への大きな情熱を抱いています。バランスのよい街こそ最強の文化都市だからです。

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ビートルズ世代

夫とそのNPOメンバー(クリエイターたち)のグループ作品展に、家族総出で行って来ました。

場所は障害者支援のためのバリアフリーの素敵な空間、大阪谷町筋にある「路地カフェギャラリー」です。娘婿の仕事帰りに時間を合わせていたので、最終日の最終時間。メンバーの一人で、イベントには引っ張りだこのアーティスト、山口彰一郎さんの弾き語りライブを堪能しました!もちろん夫の絵の前で、家族の肖像写真もカシャ。記念にのこるshotです。

ビートルズ世代の演目はもちろんビートルズナンバーです。ビートルズといえば、いまや誰しもが口ずさむスタンダードミュージックですが、あえてビートルズ世代と言うなら、団塊の世代を意味し、昭和24年生まれ、かつて「ノルウェイの森」が大ヒットし、ますます世界に名を馳せる村上春樹世代でもあります。

村上春樹さんといえば、デビュー作「風の歌を聴け」から、たいていの作品を読み続けているという点では、私にとっては数少ない作家の一人です。初期の頃の本やエッセイなどには、あ~あの辺りの浜辺ねというくらい、彼が育った阪神間のある場所をイメージさせるローケーションがでてくることも、一層、親近感を掻き立てました。元々は村上さんのアメリカ小説の翻訳本に惹かれたことが、多くの作品を読むきっかけとなりました。

だからといって決して盲目的な信望者ではありません。彼の表現から匂ってくるある種の偏りに対しては、私個人の小さな地雷が炸裂することも多々あるのです。しかし大局的に観て、いつも興味を抱かせる作家ではあります。

その春樹さんのイスラエルでの英文スピーチを読みました。それは彼への追い風、個性をいかんなく発揮した<名場面>となりました。

あまりにものその英文の彼らしい『カッコよさ』(そのスピーチが意味する内容の深さに対して軽い表現で失礼!)。日本人が、世界的に著名な作家という名の下に、折りしも激戦地であったイスラエルで明言した「言葉の力」に関しては、私はやっぱり『カッコいい』としかいいようがありません。そして同じ国民として、それは紛れも無く誇り高きスピーチでした。

ぜひそのスピーチ文をどこかで手に入れて、一度読んでみてください。イデオロギーや理論ではなく、個人としての人間の感性が率直に伝わってきます。「倫理とは感性である」と言った、ミヒャエル・エンデの名言をも思い出させます。

さてさて、ちょっとしたブームになっている最新作「1Q84」、大方の識者をも震撼とさせているようですが、ぜひとも自分の視点で読んでみたいものです。なぜならどんな潮流にも簡単に押し流されないことが、村上さん自身の好きな、個人としてのアイディンティだからです。私もこれからページを捲るところです。

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近江八幡のイタリアンレストラン

バルベッタ(Barbetta)という名のお店です。JR近江八幡駅から徒歩10分、京都に住む友人のお嬢さんご夫妻が2年ほど前に開店されました。

雨の週末、以前から友人と計画していた近江八幡散策に、イタリア人の麗しき女性、リタ・ダルカンジェロさんをお誘いしました。佐渡裕さん率いる兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の首席フルート奏者です。バルベッタでのランチが主たる目的ですが、道中、リタさんを英語でコーチングすることも実は密かなサイドメニュー。彼女のVISIONは、近い将来ソロとして世界の音楽界で活躍することだからです。

バルベッタはかの有名なお菓子屋”たねや”さんに隣接しています。同行した友人のコメントによると、「久々にプロのお料理を堪能し、大満足。気どった感じの新進イタリアンも多々ある中、とてもシェフの人柄がにじみでた、温かな、そして気持のよいお店でした!」。

ほんとうにその通りでした。私もこの年齢までそこそこレストランフリークをしてきましたが、盛りだくさんな前菜、アイディアのあるスパゲッティメニュー、美しくアレンジされた多彩なデザート、そして美味しい珈琲にいたるまで、実のあるメニュー、つまり食する側の立場にたったという表現がぴったりの、つまり心からイタリアを愛している人の作るお料理でした!

そのシェフの岡村さんは、ミラノに近いイタリア北部で、1年半、お料理の修行をされたそうです。リタさんにはイタリア語で一皿一皿、丁寧に説明されていました。私たちはその内容をリタさんにもう一度英語で説明してもらいました。そんなテーブルでの賑わいに、イタリアの小さな町にあるリストランテにいるかのような錯覚を感じながら、私たち3人は、和やかで幸せなひとときを過ごしました。

サービスをしてくださる女性はスペイン語が素晴らしくお上手で、最近スペイン語に興味がある私は一言二言スパニッシュをご愛嬌で出したりしながら、それにしても同じラテン語を母に持ちながら、スペイン語、イタリア語、フランス語はやっぱり、かなり異なる言葉だなぁと思いながら、岡村シェフの堪能なイタリア語にも耳を傾けました。ミセス岡村もお子さんの体調が悪い中を、テーブルまでご挨拶に来て下さいました。

結局、絹のような雨は降り止まず、私の関心事であったヴォーリズ建築を十分に観て歩くことは叶いませんでしたが、傘を差しながら、近江八幡市の古き良き佇まい辺りをそぞろ歩きました。八幡宮のお堀端にはあやめが美しく咲いていて、境内には古い能舞台があり、皐月の盆栽展を鑑賞しました。

また宮の近くには、たねやさんの和洋のお店があります。洋菓子を扱うクラブハリエの、よく手入れの行き届いたお庭では記念写真を。ティータイムはリタさんが喜んでくれるのではと考え、向かいにある和の茶房で過ごしました。囲炉裏端を再現したコーナーでは、リタさんはおぜんざいに初挑戦。無事に塩昆布も食し、見事なおくどさんをインテリアにした、和風の店内をエンジョイしていました。

世界各国から、厳しいオーディションで選ばれたプロのアーティストが集る楽団、PACとの契約条件は、年間120ステージもの演奏をこなすことだそうです。プラクティス、プラクティスの毎日、来日1年足らずですが、いまだに奈良以外はどこへも出向いたことがないほどのハードな日々を過ごしているのだとか。

そんな忙中閑のひととき、近江八幡への小旅行は故郷への思いを馳せることのできる、リフレッシュな時間になったことと思います。

バルベッタさん、イタリアンな時間をありがとうございました!

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