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『びっちゅうエメラルド』

それも「瀬戸ジャイアンツ」という名の、両手にずっしりと重みのある1房のぶどうを頂きました。

まずは朝食のデザートに、房からひとつひとつ外して、水で洗い、小さなガラスのボールに一人分づつ入れました。手でつまんでそのまんま口の中へ。皮が軟らかくて、果肉と一緒に口の中で混ざり合い、どちらかと言うとエレガンスな貴婦人というよりは、ひまわり娘のような滋味のある美味しさ。エメラルドと言えば、面長なマスカットを想像しますが、とてもとても定番の軟な味わいではありません。あっ~、私を朝から健やかにしてくれそう~、と思わず顔が綻んでしまいそうなくらいパワフルなのです。

手作りのメッセージが付いています。「今年はしみが多くなりました。夏は暑く、秋は日照り不足、台風と経験のない気象状況。そんな中彼らはガンバリ大きくなっておいしく、おいしくなってくれました。楽しんでくださいね!」~ファーム うえぐし~。

日本のいろいろな地域で、素敵な恵みの食べ物を生産している方々がいっぱいいらっしゃるのですね。そんな掌中に飛び込んできてくれる食べ物に出会ったとき、ほんとうに「シアワセ」を感じます。

素敵な朝を届けてくださいました、友人のうららさん、そのお母さまのあざみさん、ありがとうございます!

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コメント

生命力のある食べ物を、本来の季節にいただけるって本当にありがたい。幸せなことです。
口にしたものは、良くも悪くも私たちの身体を作ってるのですね。当たり前の「食べること」の基本を日々実践するのは意外に大変!と改めて思うこの頃です。

投稿: urara | 2017年10月17日 (火) 16時48分


遅まきながら、食べるものの質が、自分の身体の質そのものだと気づかされる日々です。
果物も野菜も、それらを丹精込めて作る人たちがいることに思いを馳せる教育は、幼いころからはじめないといけませんね。そうすることで、自分を大切にする人間が育つのだと思います。
日本はもう農業国ではなくなりました。
たとえばフランスでは、カッコいい若者が、誇りを持って栽培した農作物を、街のマルシエで威勢よく売っています。
それはなんともうらやましい光景です。

投稿: しゅか | 2017年10月17日 (火) 21時00分

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