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二人のケイト

100%失望することのない女優にメリル・ストリープがいる。どんな役も見事に演じる当代一の名優だと思う。そこに最近新たに二人の女優を入れたい。一人はケイト・ブランシェット。そしてもう一人はケイト・ウィンスレットだ。

ケイト・ブランシエットは今やカンヌ映画祭の審査員を務めるほどの重鎮だ。彼女が演じた「エリザベス一世」は圧巻だった。それだけではない。現代女性を演じた作品の、どれもこれも印象的だ。少しどすの利いた低音の声と、陰影のある眼差し、見事に変化する表情は、サスペンスフルでいてセクシーで、観る者を惹き込まずにはいられない。

片や「タイタニック」で一躍その名を知られるようになったのがケイト・ウィンスレット。最近ではウディ・アレンの最新作「男と女の観覧車」を観た。私が彼女の演技で忘れられないのは、なんといっても「The Reader」。邦題は「愛を読む人」。この映画は彼女の存在感なしでは語ることのできない秀作だと感じている。ナチス時代のドイツで生きる、文盲の女性と20歳程も歳の離れた少年との、ひと時の情愛を描いたものだが、それはストーリーの始まりに過ぎない。第二次世界大戦後に二人はナチスの戦犯と、法科の学生として法廷で壮絶な再会をすることになる。

生涯を振り返ってみると、一体どれだけの作品を観たのだろうか!?一時はお勧め映画リストなどを作って、映画好きな人に出会うと手渡したりしたものだ。しかしそれらはいまや、すべてが淘汰されて、青く光る隕石の塊のようになり、ひとつひとつを思い出すこともあまりない。古今東西いい映画は枚挙に暇がないからだ。

最近では映画を観ても秀逸!と太鼓判が押せる作品も少なくなってきた。年を重ねて、感受性が鈍ったのか、作品の洪水の中で感動する映画に出会う機会がなかなかない。賞レースを勝ち抜いた作品でさえ、大抵が観終わった後に、いまいち感が残る。

そして、男優よりも女優のほうに、名優が多いと感じる昨今でもある。

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パトリシア・ハイスミス

いま生存していれば100歳くらいだろうか!?アメリカの女流作家だ。あのアラン・ドロンが演じた「太陽がいっぱい」の原作者といえば、そうなんだ!と思う人もいるにちがいない。

この作家の作品を教えてくれた先輩がいた。現役時代は飛ぶ鳥を落とす勢いのあるライターだった。彼女と出会ったのは30代の初めの頃だった。様々な新聞の企画やコマーシャルのプランニングを共にしたが、子育て真っ只中でもあった私は、スペインやジャマイカでヴァカンスを過ごす彼女とその仲間たちの、独身貴族ならではの豪勢な遊びかたを、眩しく眺めていた。

阪神大震災のあとくらいから、いつの間にか縁が遠のき、この数年無性に懐かしく思い出されることが多くなっていた。そんな矢先に共通の友人から、既に2年前に急逝されていたことが知らされたのだ。

なぜ、旧交を温める機会がなかったのか、訃報に胸が締め付けられた。そして書架から古びた文庫本を探し当てた。パトリシア・ハイスミスの作品だ。数冊を一気に読んだ。行間から彼女との語らいの破片が幾重にも零れ落ち、過ぎ去った時間の密度が一気に蘇った。

9月に3回忌の法要が営まれるという。当時のライター仲間が数十年ぶりに集まりそうだ。最近、人生の大きな時間の流れが、扇子のように折りたたまれていくのを感じている。

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