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感性とは!?

広辞苑で紐解いてみると、「外界の刺激に応じて感覚・知覚を生じる感覚器官の感受性」とある。「感受性豊か」と言われることはあるだろうか。

中学三年生の孫がいる。彼の大学入試は大改革の2年目に当たる。それまでのマークシート方式が大幅に改良され、記述式が導入されることになった。思考力、判断力に加えて表現する力がないと突破できない。大学で文学を指導する長女たちにとっては、とりわけ国語の試験への対応は前代未聞の採点苦を余儀なくさせられるはずだ。

孫は現状の成績を見る限りは、理系に強い、国語は苦手科目と言っている。祖父母としては彼に幼い時から情操教育の手助けをしてきた。毎週図書館に通い、多くの書物に触れさせてきたとゆうのにだ。こと感性に関してはどうなのか!?ラグビーに明け暮れて、思春期真っ只中の彼とのコミュニケーションはこのところ十分とはいえないので、計り知れないでいる。

人間にとって感性・感受性はたとえば、本や映画を楽しむ上には不可欠だ。高齢になり閑な時間が増えるほどに、自分自身をたのしむことができる。ますます映画をみる機会が増える中で、最近は英語圏の作品だけではなく、イスラムや韓国や中国、インド映画の中にも面白いものを発見している。それらの文化の背景やルールには想像を絶するものが多いが、中心を貫いている人間としての感性はほぼ似通っているのだ。そうすると言葉の違いがあんまり気にならなくなるから不思議だ。

ただその世界は映像で見ているだけなので、リアリティはない。なぜならその中に出てくるすべての料理を食べることができるかと問われれば、私にはちょっと自信がない。食べることと、感受性はどこで線が切れるのかが、未だ不明。少なくとも感受性の中には、頭で理解する知性の部分も含まれていて、食べるという行為は圧倒的な本能なのだろう。となると、地球はひとつと言える日は結構遠いのかも知れない。

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